2020年12月、滋賀県野洲市内で施工中の「野洲栗東バイパス大中小路地区オンランプ上部工事」の現場では、コンクリート打設前にPCケーブルが設計通りに設置されているかを最終確認する作業に追われていた。
PC橋のケーブルは、橋桁 の応力状態に応じて複雑なカーブを描くように配置される。許される誤差はわずか±5mmだ。これまでは橋軸方向に約1m間隔で配置したPCケーブル保持金具の高さを1カ所ずつ、手作業で計測していた。
「特にケーブルが低くなっている箇所では、顔を型枠の底にすり付けるように無理な姿勢で計測するので大変でした」と語るのは、施工を担当するIHIインフラ建設の監理技術者、國光正治氏だ。
そこで、施工を担当するIHIインフラ建設は、オフィスケイワン(本社:大阪市西区)、千代田測器(本社:東京都台東区)、インフォマティクス(本社:川崎市幸区)とコンソーシアム(企業連合)を組み、PCケーブルの出来形管理に「デジタルツイン」を導入し、品質管理の省力化・省人化や作業時間の短縮を目指している。
この取り組みは、国土交通省が令和2年度に実施した「建設現場の生産性を飛躍的に向上するための革新的技術の導入・活用に関するプロジェクト」(PRISM)の中で「データを活用して土木工事における品質管理の高度化等を図る技術」の対象工事として採択され、実施したものだ。導入された新技術の数々をみていこう。
まずはコンソーシアムの構成員であるオフィスケイワン(本社:大阪市西区)が、PCケーブルの設計図面から3次元のCIM(コンストラクション・インフォメーション・モデリング)モデルを作った。これがデジタルツインのもとになる。
オフィスケイワンの代表取締役を務める保田敬一氏は「複雑なPCケーブルの形状を3次元でモデル化するため、設計図面の寸法値から自動でCIMモデル作成するAutoCAD用のアドオンソフトを開発しました」と説明する。
CIMモデルのデータ利用は、PCケーブルを保持する「PC鋼材保持金具」の納品チェックから始まった。PCケーブルの位置は、この金具に開けられた穴の位置と金具の設置位置によって決まる。
そこで現場に納品された膨大な保持金具が設計通りの位置に穴開けされているかを確認するため、アイティーティー(本社:神戸市中央区)が開発した3次元写真計測システム「PhotoCalc」を使用した。
保持金具をまとめて、「AIマーカー」とともに複数の角度から写真を撮影し、画像解析技術によって穴の位置を自動計測するソフトだ。
穴開け位置に問題がないことが分かると、次は橋桁の型枠内に保持金具を設置する。このときもCIMモデルから設置位置のデータを取り出し、墨出し用のトータルステーション「LN-150」にインプット。保持金具の位置を自動追尾させることで、作業員1人だけでミリ単位の設置を行った。そして、施工後の出来形管理も同様の方法で行った。
「PCケーブルは複雑な曲線を描いているため、取り付け位置の座標もきりのいい数字ではなく、複雑な数値となります。CIMモデルから座標を取り出して穴開け位置の確認や墨出しに利用することで、データの転記ミスや手作業による確認の手間をなくすことを目指しています」と、IHIインフラ建設の開発部開発グループ課長の若林良幸氏は語る。
また、作業を担当した千代田測器ソリューション営業部長の平原幸男氏は「PCケーブルと鉄筋が交差した狭い箇所でも効率的にかつ正確に計測するために治具を工夫して計測に臨みました」と言う。
PCケーブルの施工管理でもう一つ重要なのは、ケーブル全体の配置を大局的に確認する作業だ。この確認作業は発注者にとっても欠かせない。
「特に桁の端部では並行するPCケーブルが放射状に広がり、それぞれ決まった定着点に取り付けます。1本1本の設置精度を確認するだけでなく、PCケーブルを取り違えないように管理する必要もあるのです」と若林良幸氏は説明する。
そこでインフォマティクスは、MRデバイス「HoloLens2」を使ってPCケーブルのCIMモデルを、実物のケーブルに重ね合わせて設計通りの配置になっているかを現場で確認できる「XRoss手帳」という遠隔臨場システムを開発した。
遠隔臨場とは、発注者による現場の立会検査をオンラインで行うシステムだ。オンライン会議で現場を映像で中継し、現場の職員と音声でやりとりしながら、従来と同じ内容の立会検査が行えるようになっている。多数の現場を行き来しながら管理する発注者側監督員の働き方改革を実現するツールとして、注目が集まっている。
「普通のオンライン会議と違って、遠隔臨場では監督官が現場内での位置を指示して施工状況を見たり、大量の計測データを設計値と照合したりという複雑な確認が必要となります。そのため『XRoss野帳』のパソコン画面では、現場の映像のほか図面上の位置や計測データの一覧表をわかりやすく配置しました」と、インフォマティクス事業開発部リーダーの熊谷知明氏は説明する。
トータルステーションやHoloLensによって計測されたデータや写真を品質管理帳票に入力する作業はこれまで手作業だったが、今回はインターネット経由で管理帳票に自動入力するシステムも開発した。
「この記録を属性情報として、CIMモデルとひも付けることで、実物のPCケーブルの施工状況をデジタルデータで再現した「デジタルツイン」が完成する。そして3次元PDFデータ「CIM-PDF」にまとめられ、発注者に納品される予定だ。
施工時のデジタルツインが残っていると、橋桁内のPCケーブルの配置などが手に取るようにわかるので、将来の維持管理業務の効率化にも役立つ。それは数十年先を見越した「フロントローディング」(業務の前倒し)にほかならない。
「これまでの現場試行で得られた知見、ノウハウを活用して、若手や女性が活躍できる環境を構築していきたい」とIHIインフラ建設の開発部長、赤松輝雄氏は将来を見据える。
IHIインフラ建設を中心とするコンソーシアムは、2018年以来、3年連続でPRISMのプロジェクトに採択され、CIMモデルやAIによる画像認識のほかトータルステーション、MR、そして遠隔臨場などの活用技術を年々レベルアップしてきた。今回の取り組みは、その集大成であり、現場での使い勝手の向上も成果と言えそうだ。