国土交通省 近畿地方整備局が発注した九頭竜川橋は橋長273m、PC4径間連続箱桁橋という形式だ。橋脚を中心にして、やじろべえのように橋桁を伸ばしていく張り出し架設工法によって施工されている。2019年9月のある日、九頭竜川橋の現場では、橋桁の施工に使う「ワーゲン」と呼ばれる移動作業車を、最後のコンクリート打設に備えて前進させる作業が行われていた。
「ゴー・ヨン・サン・ニー・イチ、はいOKです」―――iPadを手にした作業員は、画面を見ながら叫んだ。iPadの画面にはワーゲンの位置座標や姿勢が3Dモデルと数字で、ミリ単位で表示されている。
彼が指示していたのは、移動後のワーゲンの高さを所定の位置までジャッキアップする「ワーゲンセット」と呼ばれるミリ単位で調整する作業だった。 こうして各部分の上げ越し量を高精度で管理する一方、ワーゲン全体の位置や姿勢も、iPadの画面上に表示される。
元請会社として施工管理を担うIHIインフラ建設(本社:東京都江東区)開発部開発グループの若林良幸課長は「これまではワーゲンの位置や高さを計測する技術者が必要でしたが、iPadでリアルタイムにみられるようになりました。また、作業中のワーゲンの動きも従来は目視による確認でしたが、今はミリ単位で挙動を確認できるので目に見えない異常も発見できるようになりました」と効果を説明する。
最新の施工管理技術が投入されたこの工事は、国土交通省が内閣府の「官民研究開発投資拡大プログラム」(略称:PRISM)を活用し実施する「建設現場の生産性を飛躍的に向上するための革新的技術の導入・活用に関するプロジェクト」の対象工事として採択された。
施工を担当するIHIインフラ建設は、オフィスケイワン(本社:大阪市西区)、アイティーティー(本社:神戸市中央区)、インフォマティクス(本社:川崎市幸区)、千代田測器(本社:東京都台東区)の計5社でコンソーシアム(企業連合)を組み、「飛躍的な生産性向上」を実現するための革新的技術の導入・活用を行っている。
iPad上に表示されている現場の様々なデータは、ビデオカメラで撮影した現場の映像から画像解析によって計測したり、トータルステーションなどの測量機器で計測したりしたデータを、BIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)/CIM(コンストラクション・インフォメーション・モデリング)に「属性情報」としてフィードバックされたものだ。
ベースとなる現場のBIM/CIMモデルは、オフィスケイワンがAutoCADやClick3D、Navisworksによって作成した。オフィスケイワンの保田敬一代表取締役は「九頭竜川橋では、施工ステップや支保工検討のためのモデルや、計測に利用したワーゲンフレームモデル、型枠モデル、配筋モデルなど、さまざまなBIM/CIMモデルを活用しました。作業目的に応じて使いやすい形式(モデル詳細度、ソリッド/ワイヤーフレーム等)に変換できるようにプログラムを構築しながら作業しました」と語る。
現場で稼働するワーゲンの姿勢や作業員などの動きは、アイティーティーがデジタルカメラで撮影した映像を画像解析ソフトによってリアルタイムにデータ化した。 そしてワーゲンの動きを自動追尾式のトータルステーションやPointLayoutというソフトを使って計測し、BIM/CIMモデルに紐づけた。そしてすべての計測データをクラウドシステムのBIM360によって統合。これをiPad上でリアルタイムに確認できるようにしたのだ。
この作業を担当した千代田測器ソリューションの平原幸男営業部次長は「ワーゲン移動高さセット時にLN-100が追尾するプリズムの設置位置および、治具を試行錯誤しながら工夫しました」と話す。 コンソーシアム代表者の若林氏は、「ワーゲンの位置や動きを自動的に計測し、クラウド経由でiPad上で見られるようにしたことで省人化し、労働生産性を20%向上させることを目指しています」と説明する。
「また取得したデータは安全管理や、バーチャルリアリティーによる教育、さらにはAI(人工知能)のディープラーニングに使う『教師データ』としても活用できます」と、若林氏は将来の施工管理の自動化までを視野に入れている。
BIM/CIMモデルは、橋の下を通る国道158号の仮設による安全検討にも生かされた。この工事の現場所長を務める冨田隆司氏は、「当初の案では支保工となるトラス部材を道路に直角方向にかけていたため、視認性が悪いことがBIM/CIMモデルによって確認されました。そこで橋桁に沿って長い梁長のトラス部材を採用することで、車やバイク・自転車の運転者や歩行者への視認性をよくしました」と説明する。
広大な橋桁には、膨大な数の鉄筋がびっしりと配筋されている。鉄筋の径や間隔、本数などを現場で一つ一つ現物を見ながら全数検査するのは大変な作業だ。
この作業を省人化し、作業時間を短縮するためにドローンを導入した。配筋が終わった橋桁の上空からドローンによって連続写真を撮影した。 その写真データをアイティーティーが開発した写真計測ソフト、iWitnessPROで3Dモデル化し、PhotoCalcによって鉄筋径や配筋間隔を自動計測した。 つまりICT土工で使われるドローンによる空撮写真から3Dモデルを作る手法を、配筋された鉄筋という細かく、複雑な対象物に応用したのだ。
アイティーティーの代表取締役を務める辻井祐氏は「これまでは複数の技術者が現場に出て、鉄筋の本数や配置間隔を確認しながら全数検査を行っていました。そして計測後の帳票も写真や管理図とともに作成していたので、時間がかかっていました」と説明する。
「配筋状態を写真や3Dモデルというデータにしてパソコン上で配筋の確認作業ができるようになりました。さらにAIによって学習させたマーカーにより検査箇所の特定を行い、写真計測技術で配筋の合否を判定し、BIM/CIMモデル上に表現できるようになったことで、配筋の出来形管理は大幅に省人化できるようになりました」(辻井氏)。
この方法だと、夏場も空調の効いた快適な現場事務所で配筋検査ができるので、生産性向上に寄与しそうだ。
コンクリート打設前に、配筋の確認とともに欠かせないのが型枠の寸法計測だ。これまで2人1組で巻き尺やスケールを型枠に当てて、寸法を計測し、その結果を野帳に書き込み、事務所で検査帳票を清書する方法が一般的だった。
しかし、高所の型枠は不安定な場所で行う必要があったり、距離が長い場合は巻き尺のたるみを防ぐため、中間部を支える必要があったりと、さらに多くの人数を必要とした。 そこで今回、工事に導入されたのがMRデバイスの「Microsoft HoloLens」(以下、HoloLens)と、インフォマティクスが開発したHoloLens用のソフト「GyroEye Holo」だ。
これらのハード、ソフトは通常、実際の現場に構造物のBIM/CIMモデルなどを実寸大で重ねて表示し、実際に施工中の構造物と設計が一致しているかどうかを確認したり、構造物上に部材の取り付け位置を「墨出し」したりするのに使われる。 ところがこの現場では、HoloLensを通して見た現場の型枠上で、各寸法を計測するという革新的な使い方を実証した。
その方法とはまず型枠のCIMデータを構造物に正確に配置する。そしてHoloLensで見た型枠上の計測対象の1点に画面上のポインターを合わせ、その瞬間に”エアタップ”(親指と人差し指を合わせる動作)。すると前後左右上下向きの方向を示すコーンが表示される。 そこで計測したい方向のコーンをエアタップすると対象の2点間距離が自動で計測される。
これだけではない。驚くのは計測した結果が自動的にインターネット経由で検査帳票にデータ連動するという点だ。これらは精度の高いCIMデータが構造物に最適配置されていることで可能となるのだ。
実際には、配筋を行う前の型枠の内寸や、コンクリート打設が終わった橋桁断面の各部の寸法をHoloLensで計測した。通常は複数の作業者によって行われる計測作業だが、今回はHoloLensを装着した技術者1人だけで計測した。
その結果、HoloLensによる寸法計測は、関係者の想像をはるかに超えた精度であることがわかった。 例えば、橋げたの全幅はトータルステーションによる実測値8000mmに対し、HoloLensのよる計測値は8004mm(以下同じ)、箱桁内空の高さは2450mmに対して2445mm、橋桁の高さにいたっては、両者ともに3000mmと、トータルステーションに比べても数ミリメートルの誤差に収まっていたのだ。
この計測は、HoloLensが映像から周囲の空間を3D形状として認識するために備えている「空間マッピング」という機能を使った。現場から取り込んだ映像から、HoloLensの内部でリアルタイムに3D点群データを作成する機能だ。
インフォマティクス事業開発部の金野幸治マネージャは、「GyroEye Holoには、空間マッピングで作られた点群データを使って、寸法を測る機能が備えられています。この機能を使うと、アクセスしにくい場所の寸法を一人で簡単に測れるので、出来形管理の生産性向上に役立ちます」と語る。
さらに、10mを超える長さになると、時には1点をクリックした後、2点目まで歩いて移動し、クリックすることもある。例えば、コンクリートを打設する型枠の長さを計測する場合だ。 歩き回ると誤差が大きくなるのではと思れるが、その心配はない。というのは、今回、HoloLensの動きをトプコンの3D墨出し器「LN-100」で自動追尾することにより、常にトータルステーション並みの位置が把握されているからだ。
今回の計測は、8月から9月にかけて行われた。屋内での使用を想定して開発されたHoloLensにとって、暑さは大敵だ。というのは暑さによって、システムがダウンしてしまうことが多いからだ。
そこでインフォマティクスは、HoloLens用の水冷装置を開発し、現場で試用したところ、HoloLensはダウンすることもなく順調に稼働を続けた。 その装置は、凍らせたペットボトルの水を超小型電動ポンプで樹脂製のパイプ内を循環させるものだ。
九頭竜川橋の建設で、IHIインフラ建設コンソーシアムが導入した革新的な技術は、これからの建設企業が直面する人手不足という大きな課題の解決に役立つものだ。 そのポイントは、現場をモノとしてアナログに扱うのではなく、BIM/CIMやドローン、HoloLensなどの機器で「デジタルツイン」化することだ。
そのうえで様々な計測や施工管理を行うと、コンピューターやAI、ロボットがあたかも人の助っ人のように働いてくれる現場になる。九頭竜川橋の建設現場で得られた成果の数々は、今後、他の現場でも広く普及・活用されるに違いない。